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芸術の秋です

10月 8th, 2009 — 11:55pm

午後、日本橋高島屋で開催中のウィーン・ミュージアム所蔵『クリムト、シーレウィーン世紀末展』へ行った(えぇ、そうです。仕事を15:00で切り上げて来てしまったのです)。クリムトとシーレの作品を中心に(と言っても点数自体は少ない)、この時代のウィーンの画家の作品が多数展示されていたのだが、やっぱりクリムトとシーレの才能は群を抜いて素晴らしいわ。完全に別次元だった。

私が絵を見るときは、

レベル1)確かに上手いけど・・・何がしたかったの?何でこれ描いたの?って聞きたくなる。
レベル2)これを表現したくて描いたのね、その気持ちは分かるよ。
レベル3)表現したいものは分かるし、上手いし、センスも悪くないし、いい線行ってるんだけどねぇ・・・何かが足りないんだよね。
レベル4)理由ははさっぱり分からないけれどとにかく素晴らしくて、感動して、分析なんて忘れてとにかくいつまでも見入ってしまう!

の4段階に峻別することが多いのだけど、この違いって何なんだろうね。例えば同じ景色を同じアングルから描いた絵だとしても、見た時に受けとるものの大きさが全然違ったりするのはなぜだろう。何が違うんだろう。どの要素が人を惹きつけ、人の心を揺さぶり、感動させているのだろう。

踊りの場合は、音の取り方、角度(手足、頭、目線等々)、身体の使い方(伸び具合)とかが積み重なって、「その人の踊り」が作られると思うんだけど・・・同じような動きをした2人がいて、なぜ片方には目を奪われるのに、片方には欠伸が出るんだろう?例えば、下手な方が上手い方を真似すれば、同じくらい感動的な踊りになるんだろうか?

ということを、今夜New York City Balletの来日公演を見ながら考えました。

NYCBは実は生で見るのは初めてだったのだけど、バレエと言ってもかなり独特だなぁ。面白かった。「セレナーデ」の最後は美しくてちょっと感動した。「チャイコフスキーパドドゥ」も良かった。音への合わせ方、アクセントの付け方はさすが、と思った。ロシアバレエの、柔軟性やテクニックをこれでもか、と見せつける踊りと対照的で、何を見ても「すごい!」とは思わないけれど、何だか清々しくて清潔感を感じた。謙虚で好感が持てるのだ。「アゴン」はいまいちだった。「ウエスト・サイド・スト-リー」は、これぞアメリカン!と途中まですごく楽しんでいたのだが、最後のオチがあまりにお粗末で一気に興ざめた。なんか急に青空+草原みたいなところに出て、みんなで歌を歌って平和バンザイみたいな。時間がないので、Happy Endに辻褄合せました、みたいな終わり。まぁその浅いご都合主義もアメリカっぽいっちゃ、アメリカっぽいのですが。

という、芸術の秋らしい1日でした。(眠いので強引にまとめ・・・おやすみ!)

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1 comment » | @Tokyo, ballet

最後だとわかっていたなら

9月 24th, 2009 — 8:32pm

作・ノーマ コーネット マレック / 訳・佐川 睦

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

(原詩)
If I knew it would be the last time
That I’d see you fall asleep,
I would tuck you in more tightly
And pray the Lord, your soul to keep.

If I knew it would be the last time
That I see you walk out the door,
I would give you a hug and kiss
And call you back for one more.

If I knew it would be the last time
I’d hear your voice lifted up in praise,
I would video tape each action and word,
So I could play them back for one more.

For surely there’s always tomorrow
To make up for an oversight,
And we always get a second chance
To make everything right.

There will always be another day
To say our "I love you’s",
And certainly there’s another chance
To say our "Anything I can do’s?"

But just in case I might be wrong,
And today is all I get,
I’d like to say how much I love you
And I hope we never forget,

Tomorrow is not promised to anyone,
Young or old alike,
And today may be the last chance
You get to hold your loved one tight.

So if you’re waiting for tomorrow,
Why not do it today?
For if tomorrow never comes,
You’ll surely regret one day,

That you didn’t take that extra time
For a smile, a hug, or a kiss
And you were too busy to grant someone,
What turned out to be their one last wish.
So hold your loved ones close today,
And whisper in their ear,
That you love them very much and
You’ll always hold them dear.


ノーマ コーネット マレックさんというアメリカ人の女性が
水難事故で息子さんを亡くした時の気持ちを書いたもの。
911テロの追悼式で朗読され有名になったらしいのだが、
私は今日始めて知り、仕事中にも関わらず泣きそうになった。
(ちゃんと仕事しろ、というツッコミはなしで。)

自分や大切な人の人生が突然終わってしまったら、
どんなに抱きしめていたとしても、愛を伝えていたとしても、
死ぬほど悲しいし、もっともっと出来たのにと悔しく思うに違いないけれど、
少しでもその量は減らしたいと思う。

So if you’re waiting for tomorrow,
Why not do it today?


最後だとわかっていたなら佐川睦
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