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いつか、また。

数年前、バレエの特別強化コース(のようなもの)を受けた。1年間、12名の固定メンバーで、毎週日曜日に4時間のレッスン。4か月毎、3学期に分かれており、それぞれの期末には試験もあった。かなり厳しかった。私たちのレベルが、先生の想定よりだいぶ低かったこともある。当初計画されていたレッスン内容から後退し、身体作りから始まった。初回レッスンのプリエは1番と2番のグランプリエを何度もやらされた。その後も徹底的に基礎を叩きこまれた。手足のポジション、正しい軌道、目線、アンデオール、引き上げ・・・
日曜日に向けて平日もレッスンを増やし、試験が近づけば自分たちでスタジオを借りて自主練をした。生徒も泣きが入れば、先生も泣いた。全員がしんどかった。(当時、スペイン留学中の旦那さんとは超遠距離恋愛中だったのだが、バレエに精一杯で淋しいと感じる暇も体力もなかった。その結果、手間がかからなくていいな、と妙な評価を得て現在の結婚生活に至る。。。)

でもこの1年間で得られたことは大きかった。バレエのテクニック的なことだけではなく、バレエを学ぶことがどういうことか、どれだけ厳しいことなのか、どれだけ素晴らしいものなのかを学んだ。そして濃い1年間を共にしたお陰で、生まれたメンバーとの絆。今は別の教室に移ったり、海外に行ってしまい疎遠になった人もいるけれど、戦友同士のような、特別な感覚はお互いにずっとあり続けている。

しかし一昨日、その仲間の一人が亡くなった。今月も元気にレッスンに来ていたらしいのに。まだ25歳だったのに。
訃報を聞いても全然現実のこととは思えなかった。死因も聞かないまま、とにかくお通夜に行った。会場にはバレエの発表会の時の写真が沢山飾ってあった。写真の中のかわいい笑顔と、お棺の中の姿を見るのが辛かった。お母さんが号泣しているのを見るのが辛かった。

友達を亡くしたのは初めての経験だった。

お通夜の後、みんなは食事をして帰ると言っていたが、私は喪服のままバレエに行った。ストレッチの時間もなかったし、こんな悲しい気持ちのままで踊る気持ちになれるのかとかなり迷ったが、こういう時だからこそレッスンに出るべきなのでは、という気持ちもあった。

子供のころ、ピアノの先生に言われた。「いつかあなたが辛い時、ピアノがきっと助けてくれるから」。結局ピアノは大学の頃にやめてしまったのだが、本当に辛い時、自分を救ってくれるのは芸術だけなんだ、とあの頃からずっと信じている。

それに、バレエで出来た繋がりだものね。レッスンをしている方が、彼女と繋がっているような気がした。


Aちゃん
あの1年間、本当に大変だったけど一緒に頑張ったよね。
お花見も楽しかったね。持ってきてくれた日本酒、美味しかったよ。
どうか、どうか天国でも踊っていてください。
いつか、また会う時まで。

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芸術の秋です

午後、日本橋高島屋で開催中のウィーン・ミュージアム所蔵『クリムト、シーレウィーン世紀末展』へ行った(えぇ、そうです。仕事を15:00で切り上げて来てしまったのです)。クリムトとシーレの作品を中心に(と言っても点数自体は少ない)、この時代のウィーンの画家の作品が多数展示されていたのだが、やっぱりクリムトとシーレの才能は群を抜いて素晴らしいわ。完全に別次元だった。

私が絵を見るときは、

レベル1)確かに上手いけど・・・何がしたかったの?何でこれ描いたの?って聞きたくなる。
レベル2)これを表現したくて描いたのね、その気持ちは分かるよ。
レベル3)表現したいものは分かるし、上手いし、センスも悪くないし、いい線行ってるんだけどねぇ・・・何かが足りないんだよね。
レベル4)理由ははさっぱり分からないけれどとにかく素晴らしくて、感動して、分析なんて忘れてとにかくいつまでも見入ってしまう!

の4段階に峻別することが多いのだけど、この違いって何なんだろうね。例えば同じ景色を同じアングルから描いた絵だとしても、見た時に受けとるものの大きさが全然違ったりするのはなぜだろう。何が違うんだろう。どの要素が人を惹きつけ、人の心を揺さぶり、感動させているのだろう。

踊りの場合は、音の取り方、角度(手足、頭、目線等々)、身体の使い方(伸び具合)とかが積み重なって、「その人の踊り」が作られると思うんだけど・・・同じような動きをした2人がいて、なぜ片方には目を奪われるのに、片方には欠伸が出るんだろう?例えば、下手な方が上手い方を真似すれば、同じくらい感動的な踊りになるんだろうか?

ということを、今夜New York City Balletの来日公演を見ながら考えました。

NYCBは実は生で見るのは初めてだったのだけど、バレエと言ってもかなり独特だなぁ。面白かった。「セレナーデ」の最後は美しくてちょっと感動した。「チャイコフスキーパドドゥ」も良かった。音への合わせ方、アクセントの付け方はさすが、と思った。ロシアバレエの、柔軟性やテクニックをこれでもか、と見せつける踊りと対照的で、何を見ても「すごい!」とは思わないけれど、何だか清々しくて清潔感を感じた。謙虚で好感が持てるのだ。「アゴン」はいまいちだった。「ウエスト・サイド・スト-リー」は、これぞアメリカン!と途中まですごく楽しんでいたのだが、最後のオチがあまりにお粗末で一気に興ざめた。なんか急に青空+草原みたいなところに出て、みんなで歌を歌って平和バンザイみたいな。時間がないので、Happy Endに辻褄合せました、みたいな終わり。まぁその浅いご都合主義もアメリカっぽいっちゃ、アメリカっぽいのですが。

という、芸術の秋らしい1日でした。(眠いので強引にまとめ・・・おやすみ!)

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