過去
大学時代、同じサークルに所属していた友達や先輩達とへぎ蕎麦の店で飲んだ。
実家以外では蕎麦を食べる機会は滅多になく、久しぶりに食べたなぁ、蕎麦。
お酒の〆として蕎麦。意外に良かった。コシがあって、ひんやり冷たくて、思っていたよりずっと良かった。
何となく感傷的な気分なので、気分に任せて思い出話を徒然と。
私が入っていたサークルは、テニスだとか、スキーだとか、音楽だとか、よくある大学生らしい華やかなものではなくて、「国際法の模擬裁判の大会に出場する」ことを活動内容とする真面目な法学系のサークルだった。しかも目標は本気で「日本一になって世界大会に出場する」こと。最初は軽い気持ちで入ったのに、結局大学生活の大半を、エネルギーの全てを注ぎ込むことになった。
大学中の図書館を回って論文や判例を探したり、PCルームにこもって徹夜で準備書面を作ったり、自分の能力のなさに泣きそうになりながら(いや、実際に泣きながら)論を考えたりした。夏休みの大学に通い、弁論の練習をして、裁判官役の先輩達にやり込められて凹んだり、チームのメンバー間で意見が噛み合わず喧嘩をしたり、仲直りをしたりする日々だった。合間には部室で昼ごはんを食べたり、飲みに行ったり、ラグビーや野球の応援に行ったり、合宿に行ったり、遊びの部分もしっかりあった。
そんな密度の濃い時間を共にしているせいで、卒業後何年経っても付き合いは続いている。何年ぶりに会っても久しぶりな気もしない。
今夜の集まりもそうで、卒業してから会いましたっけ?ぐらい何年かぶりに飲み会に来た友達も、昨日まで一緒にいたかのように馴染んでいて、変わっていなくて、懐かしいとさえ思わない。イギリスに留学してしまうので次に会うのは少なくとも1年以上先だろうけれど、その時も今と全く変わらずにいるのだろうと確信でき、少し感動する。
しかし、サークルのメンバーと飲んでいると、あまりにも当時と変わらないので、大学時代の濃くて若くて熱かった頃に引きずり込まれるような気分になることがある。あっちの方が現実、というような錯覚を覚えてくらくらする。
駅で別れて一人になって家に帰る間に、「卒業から6年経って、会社に勤めて、会社を辞めて、結婚して、スペインに行って、帰ってきて、派遣をしていて、収納がない狭いマンションの部屋で旦那さんと二人で暮らしている自分」を全力で取り戻すけれど、上手く行かない。
みんなそれぞれ家に帰れば、飲み会では見せなかった「今の自分の顔」があるんだろうな。
人間はその時一緒にいる、その人向けの顔があって、例え夫婦だとしても、長年一緒にいても私は私と一緒にいる旦那さんの顔しかしらないし、その逆も同じ。なんて不思議なことだろう、と当たり前のことを改めて考えながら寝ました。
オチなし・・・デス。


