何もない、誰もいない世界遺産の村。
今日もブダペストは寒い。冷たい風が容赦なく、びゅうびゅう吹いて、顔がヒリヒリ、耳がちぎれそう。 日本から持ってきたもののバルセロナでは一度も出番がなかった防寒三点セット、手袋、マフラー、ユニクロのフリースが活躍する時がついにきた。 荷物になるから置いてこようか悩んだんだけど、持ってきて良かった。。。
今日はブダペストから出て、ホッロークーという世界遺産の村に行く。 ガイドブックによると、中世期モンゴル人からのがれてカスピ海周辺から移住したパローツ人が住む村で、現在もパローツ語、パローツ様式の住居、パローツ料理、 パローツの民族衣装を守り続けているとのこと。 昨日部屋まで案内してくれたおばちゃんには「Boring!アクセスも悪いし止めた方がいい。」と力強く断言されたけどパローツ人がどんなものか、やっぱり興味をそそられずにはいられない。
ダイレクトに行く方法はないので、Pasztoという村で一度バスを乗り換え。 Paszto到着。ここも十分すぎるくらい田舎。
ここの駅から改めて目的地ホッロークーへ行くバスに乗りこむ。 ものすごく乗客の平均年齢が高いバス。
地元のおばあちゃん、おじいちゃんのおしゃべりに取り巻かれながら座る。我々以外に観光客はなし。
さぁ、ホッローク到着。
とてもかわいい村なんだけど、誰もいないのね・・・ インフォメーションには係りの女の子がいて、帰りのバスの時間を教えてくれ、地図もくれたんだけど、その地図に載っている “〇〇の家”とか“アイスクリーム屋”とか“〇〇博物館”とか全部閉まってるし。シーズンオフの軽井沢以上にガランとしていて、ちょっと寂しい。 建物も、木材を使っているという点が特徴なんだと思うけど見た目として日本の竪穴式住居のようなユニークさがある訳でもないし。 う~む。。。
取りあえずレストランはOpenしていたので、入ってみる。 かわいい内装。
ガイドブックではパローツ料理が食べられる、ということだったけどメニューを見ると特に
伝統料理らしきものは見つからず結局普通にサラダとチキン。美味しかったけどさ。
お腹もいっぱいになり、丘の上にある城へ行ってみる。
シーンとしたところに、バタバタと音をたてて国旗だけが翻る。
その音は、ちょっと雰囲気ある。しばらく佇んで、城を眺めながら当時ここに住んでいたであろう人たちに思いをはせる。
ということで、あとはひたすら帰りのバスを待つ。 何と来たルートで戻るバスはなく
一度逆側へ回って二度乗継をしないと帰れない。 こんな感じ↓
Cがここ、ホッローク。 行きはF→B→Cで来れたけど、帰りはC→D→E→Fで帰るという訳。
大きな地図で見る
ホッロークーのインフォメーションでもらった案内には、 「ホッロークーには一週間かけても意味がある」なんて書かれてたけどない、ない。全然ない。
2時間で十分。 誰もいない静かなところで、自然を感じてのんびり出来るだけ。 シーズンに来れば、この小さい何もない村も、面白くなるのかなぁ。
まぁとにかく、苦労してブダペストに戻ってきた。 川沿いを散歩する。夜景がゴージャス!!!
立派な王宮。
くさり橋。
今日の夕飯を食べるのに良さそうなレストランを探しながら ぶらぶら歩いていたら屋台が並ぶ広場発見。お、美味しそう・・・
モクモク立ち上る湯気とか、じゅうじゅう肉を焼く音とか、匂いとか。 つい覗いてしまう。
誘惑が強すぎて、1本買ってみた。 でも結構高いのよね。 焼き鳥とチキンの串焼き。
さあ食べようと思ったら、「日本の方ですか?」とおじさんに話しかけられた。 定年退職したので、ユーレイルパスで一ヵ月ヨーロッパを旅行しているらしい。 夜行とホテルを交互に使いながらというのは同じでも、 ちゃんとエクセルで1カ月の細かい移動スケジュールを立てているのが我々の行き当たりばったり旅行とは違うわ。最後にスペインに行くというのでちょっと心配に。スリに気を付けてくださいね、と伝えた。せっかくの旅行なので最後で嫌な思いをして欲しくない。「良い旅を」と言い合って別れた。
会話は楽しかったけど焼き鳥はすっかり冷めてしまった・・・うぅ。 でも美味しかった。
その後再びレストランを探して歩くが、手頃な店が見つからず。 安いレストランがあると教えてもらったエリアに行くけど、どこも結構いい値段。 雨が降ってきたので、結局近くにあったチャイニーズに入ってしまった。電球が切れている暗い部屋で美味しくないチャーハンを食べた。
そして帰り、スーパーで明日の朝食用にパンを買い、外に出たところで 「あの・・・」と日本人の女の子に話しかけられた。
1日に二人の日本人に話しかけられるなんて珍しい日だ。 ホテルの方向が分からないというので、一緒に途中まで歩いた。
もう少し飲みたい気分だったので、 部屋に帰る前に近くのバーに入り、ワインで乾杯。 そう、今日は私の誕生日だった。27歳になった。
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